横浜地方裁判所 昭和41年(レ)65号 判決 1967年2月07日
控訴人 三浦忠吉
被控訴人 林租燈
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和四一年一〇月四日になした強制執行停止決定はこれを取消す。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人より控訴人に対する横浜簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第一五三号家屋明渡請求事件の和解調書に基く別紙目録<省略>記載の建物に対する強制執行は許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
控訴代理人は、請求の原因として
「一、控訴人と被控訴人間には、横浜簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第一五三号家屋明渡請求事件につき同年一一月一五日左記条項等の裁判上の和解が成立し、その旨調書に記載された。
記
(一) 被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を一時使用の目的で期間を昭和四〇年一二月一日以降昭和四一年一一月末日までと定め、賃料は一ケ月金一万五、〇〇〇円毎月末払の約にて賃貸する。
(二) 控訴人は被控訴人に対し、昭和三九年以降昭和四〇年一一月までの延滞賃料並びに賃料合計一六万八、〇〇〇円の支払義務あることを認め、内金一〇万円は昭和四〇年一二月末日限り、残金六万八、〇〇〇円は昭和四一年三月末日限り被控訴人方に持参して支払う。
(三) 控訴人が前項の延滞賃料の支払を一回でも怠つたとき又は(一)項の賃料の支払を引続き二回怠つたときは、何等の通知催告を要せずして(一)項記載の契約は直ちに解除となり、残額全部を一時に支払い且つ本件建物より退去してこれを被控訴人に明渡す。
二、控訴人は、右(二)項により被控訴人に対し支払義務ある本件建物の延滞賃料中金一〇万円を昭和四〇年一二月末日に支払つたが、残金六万八、〇〇〇円については、昭和四一年三月末日までの支払期間を徒過したため、同(三)項により同日本件建物一時使用の賃貸借は解除となり、直ちに同建物明渡義務を負うこととなつた。
三、然し被控訴人は昭和四一年四月七日控訴人に対し、本件建物の明渡を同年一一月末日まで猶予する旨の意思表示をしたから、前記和解調書に基く強制執行は右明渡猶予期限の到来まで許されない。
四、仮に右明渡猶予を得たとの主張が認められないとしても、前記和解には次のとおり錯誤があるから無効である。
即ち控訴人は昭和三三年一〇月一日被控訴人から、本件建物を賃貸期間二年、賃料月額一万二、〇〇〇円と定めて麻雀業を営むため賃借し、以後二年ないし三年毎に賃借期間を更新して来たので、前記和解に際しても通常の賃貸借として従前同様期間が更新されるものと信じていたところ、和解調書の正本が送達されて来て、始めて一時使用の賃貸借であることを知つた。然し控訴人は一時使用の法律的意味も知らず、和解の際にその説明を受けたこともない。従つて前記和解はその重要な部分に右に述べたような錯誤があり無効である。
よつて以上の事由に基き、本件債務名義の執行力の排除を求める。」
と述べた。立証<省略>
被控訴代理人は、答弁として
「一、請求原因一、二項記載の事実は認める。
二、同三項記載の事実は否認する。
三、同四項記載の主張は故意に時機に後れてなされたもので、訴訟の完結を遅延させるから許容されるべきでない。
仮にそうでないとしても、その主張事実は否認する。」
と述べた。立証<省略>
理由
一、請求原因事実中、控訴人と被控訴人との間で控訴人主張のとおりの裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いがなく、右和解に基き控訴人が被控訴人に対し支払義務ある金員中六万八、〇〇〇円を履行期である昭和四一年三月末日までに支払わなかつたことによつて、同日右和解によつて定められた本件建物の賃貸借(一時使用の賃貸借であるか否かは暫く措く)が当然解除となり、控訴人において被控訴人に対し直ちに同建物退去明渡義務を負うに至つたことは、控訴人の自陳するところである。而して控訴人は、右和解成立後に被控訴人から昭和四一年一一月末日まで本件建物の明渡期限を猶予されたというが、仮にその旨猶予を得たとしても、右猶予期限は既に当審における本件口頭弁論終結時(昭和四一年一二月一二日午前一〇時の当審第一回口頭弁論期日)前に到来していることが明白であるから、右の控訴人の主張は主張自体失当というべきである。
二、次に控訴人の錯誤の主張について判断する。
先ず、当裁判所は請求異議訴訟において、異議権者が債務名義に掲げられた給付請求権につき当初期限の猶予を主張し、後に至り仮定的に錯誤の主張を追加した場合には、右各主張はいわゆる異議権の発生する事実上の原因に過ぎず、従つて右錯誤の主張は攻撃防禦方法の仮定的追加的主張であると解するところ本訴において控訴人は前記和解調書に掲げられた本件建物退去明渡請求権につき当初期限の猶予のみを主張し、当審における前記第一回口頭弁論期日に至り、右債務名義の成立につき錯誤がある旨の仮定的主張を追加したことが本件記録上明らかである。
これに対し、被控訴人は時機に遅れ訴訟の完結を遅延させるとして異議を述べるので、この点を審究するに、本件記録によれば控訴人が本件訴訟を提起したのは昭和四一年四月一一日であり、原審は同年五月七日午前一〇時に第一回口頭弁論期日を開き、以後同年九月八日に口頭弁論を終結するまで計五回の口頭弁論期日を重ね、而も昭和四一年八月一一日午前一〇時の原審第四回口頭弁論期日における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は控訴代理人の尋問に対し「一時使用の意味を知らずに本件建物につき従前なされていた賃貸借と同様、今後も期間が更新されるものと信じて和解に応じた」という趣旨の供述をしていることが認められるから、控訴人又は控訴代理人は遅くとも前示原審口頭弁論終結に至るまで、和解成立につき錯誤があつた旨の主張をなし得た筈であり、当審において始めてこれを主張したことは、故意又は重大な過失による時機に遅れたものと解さざるを得ない。
然し、控訴人は当審において錯誤の主張をなすにあたり、新に控訴人本人尋問の申出並びに即時に取調の可能な書証(甲号各証)を提出したにとどまり、そのうち本人尋問の尋問事項は、原審における控訴人本人尋問の際の尋問内容と大部分重複するものであつたため当裁判所の採用するところとならず、更に控訴人から他に新期日を定めて証拠調をなさなければならないような証拠申出もされなかつたことが、当裁判所に明らかであるから、控訴人の右主張の提出によつて本件訴訟の完結が遅延するとは解し難く、その提出は許容すべきである。
而して各成立に争いのない甲第二、三号証、原審証人三浦静の証言、原審における控訴人本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和三三年一一月一日被控訴人から本件建物を賃借し、以後二年ないし三年で期間を更新して来たが、昭和三九年以降賃料の支払を遅滞するようになり、そのため昭和四〇年に至つて被控訴人から横浜簡易裁判所に本件建物明渡請求訴訟を提起され、裁判官の勧試により本件和解の成立したことが認められる。
このような和解成立に至る経緯並びに当事者間に争いのない和解条項の文言からみれば、控訴人と被控訴人間に従前存した本建物の賃貸借は、和解が成立した昭和四〇年一一月一五日前に賃料不払いにより解除されたか、あるいは和解成立の際合意解約されて同日新に本件建物につき、始期を同年一二月一日とし終期を昭和四一年一一月末日とするその実質は明渡猶予期間の約定か、期限付合意解約に近い一時使用の賃貸借が締結されたと解し得ないではないから、和解の際に一時使用の意味を知らず、賃借期間が更新されるものと信じていたという前記控訴人本人尋問の結果の一部は遽に措信できず、他に右和解につき錯誤があつたことを認め得る証拠もない。従つて控訴人の錯誤の主張は採用できない。
三、そうすると前示和解調書に基く本件建物退去明渡義務につき、その執行力の排除を求める控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であつて本件控訴は失当である。よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、強制執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言につき同法五六〇条、五四八条一項、二項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石橋三二 土井博子 斎藤祐三)